2022-08-29
辻󠄀本 さっそく本題から入らせていただくのですが、ぼくはいま「ウイルス」という言葉に一文字の漢字を造ろうとしています。そのとき、これは考えておいたほうがいいよということはありますか?
笹原 ウイルスのなにを表したいかですよね。形を表したいのか、ウイルスの働きを表したいのか、こわさを表したいのか。要するに何に着目し、なんのために造るのかっていうこと。それによって造り方は変わるでしょうから。
すべてを表すことっていうのは一文字じゃできないんだよね。中国の漢字も、ある特徴に着目してその一点突破型で字を造るのね。結果として、ここは表せてるけど他が表せてないっていう弱点を必ず持ってます。
たとえば「休」って漢字は、人が木とくっついてうまくできてるなと。でも、「やすむ」って別に外で木陰で休むばかりじゃないじゃないですか。意外とみんなそこは気にしないんですね。もっと家の中で横になってごろっとしたら、そのほうがよほど休むになるかもしれない。
辻󠄀本 たしかに笑
笹原 ベッドの上に人を倒した方がよほど「やすむ」っぽい。でも、もう一点突破型で「木」を使って「やすむ」を表せた。次はこれをもとに拡張するんだ。っていう強引なところが漢字にはあるんですよ。
しかもそれは古代中国人の発想で、よく現代の日本人が受け入れてるなとも思うんだけれど。だから現代の日本人に響かせたいのかそれとも、なんてことも考えるといいでしょうね。
辻󠄀本 ありがとうございます。ウイルスに漢字を造るうえで意外に難しいなと思っているのが音読みなんです。「菌」は除菌とか防菌加工だとか、そういうふうに熟語を成せますよね。そういう使いまわしのよさがある。
笹原 そうそう、そうなんです。漢字を造ったら「ウイルス」は訓読みになるでしょうから、そこに音読みがあると熟語ができますね。アメリカでさえ「米」って書いて「在日米軍」とか言って熟語ができるじゃないですか。もし「米」がなくて「在日本アメリカ軍」なんて言ったら熟語にならないわけだよね。
辻󠄀本 ほんとにその通りですね。
笹原 外来語であっても漢字の音読みと結びつけば、造語成分って言ってね、単語を作る成分になってくれる。
「菌」の場合そういう働きをもっているから、除菌作用みたいになることができる。ウイルスもたとえば、命があると見て微生物の「び」だというふうに音読みをつけたならば、「除び作用」とか言うことができるようになって、よりはっきりと我々の生活で日常化できるんじゃないかな。「防び石鹸」っていうのができれば定着するかもしれないですよね。今仮に「び」と言ったけど、音読みって二〇〇種類ぐらいしかないんだよ。
辻󠄀本 そうなんですか。
笹原 「あ」から始まって「わん」まで。音の組み合わせがね。たとえば「わけ」とかいう音読みはないでしょう。音読みは古代中国語を日本化したもので約束事の世界だから、既存のものを選ぶしかないんですね。
辻󠄀本 先生はこういう漢字が新しくできたらいいなと思ったことはありますか?
笹原 表現をしたいことはいくらでもあるのに漢字が足りないと思うことはありますよね。さすがにわたしが造り始めると研究してんだか造ってんだかわからなくなるから、自制するわけですが。「こういう字ないんだよなあ」っていうのはよく感じることがありますよ。
辻󠄀本 あるんですね!
笹原 だってたとえば「飛行機」を表す漢字がないでしょう。「飛行機」っていう言葉はあるけども。
辻󠄀本 え! 考えたことありませんでした。「車」っていうのと同じように一字の漢字がってことですよね?
笹原 そうそう。戦前に、飛行機に漢字を造ろうっていう動きはなくはなかったんだけど、もう漢字を造ることがうまくいかない時代になってたのね。
でも「飛行場」って長いでしょ。あと「空港」「航空会社」とか言うけど飛行機は船なのかっていう。「機内では」とも「機中泊」とも言うけど、ここでは機械の「機」を使うんだなと。そうやって体系性を失うじゃないですか、「飛行機」っていうものを表す漢字がないばっかりに。
辻󠄀本 本当ですね。面白いです。
笹原 でもそうすると、「ヘリコプター」にも漢字を造るのかとか、「ロケット」にも造るのかとかね。そうするとそれはそれで、人間の記憶容量にも限界があるから……、そんな迷いも出てくるでしょうけどね。
辻󠄀本 最近だとイノベーションとかすごい使われると思うんですけど。カタカナ語がどんどん増えている気がして。新しい感覚に対して漢字が足りないのかなとも感じています。
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