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アナログの洗礼

2023-01-04

辻本達也

 雑誌をつくり始めたのは、2020年の春のことだった。あの頃のぼくは、頭の中でやれると思った工程で、全てこなせると思っていた。でも、それは無知からくる誤信だった。

 世界は、概念やイメージで出来ているのではない。物理的な、何がしかの「物」で出来ている。それらが互いに、有機的に反応して反応して、世界がある。対して頭の中は、いわばバーチャルだ。はっきり、「バーチャルだ」と言っていいだろうと思う。

 バーチャル世界の中でシミュレーションしたことは、リアル世界でその通りにはいかない。

 ——その作業日は、寒くて雨が降っており気分が落ち込むかもしれない。ノコギリで切った木は、測って切ったにもかかわらず、ノコギリの刃の分切れすぎてしまうかもしれない。インクはその紙だとノりすぎて滲むから乾かさないといけないかもしれないし、そのソフトでそのファイル形式を書き出すとバグが起きるかもしれない。依頼相手は締切日の今日、連絡して来ないかもしれない。

 リアル世界は、そんな摩擦の連続である。

 そう、摩擦だ。バーチャル世界に摩擦はない。ツーッと全てがつつがなく進んでいく。でも、リアル世界には細かい凹凸があって、それがもう一方の凹凸にいちいち引っかかり、何事かを起こし続ける。言うなれば、これがジャック・ラカンの言う現実界だろう。

 経験があるとかキャリアがあるとかいう言葉は、そのリアル世界の摩擦をバーチャル世界の中でイメージできる比率の増加を指す。達人だけが、全ての凹凸をイメージして完璧な工程を組むことができる。それはもう分かったはずなのに、ぼくは毎回、作業イメージを誤ることを忘れる。そして、実作業を始めてショックを受ける。

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